chikuraのキラキラdays

~ペットちゃんと飼い主さんの絆を深めるお手伝い~アニマルコミュニケーターchikuraの 日々のできごとや感じたことの記録です

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信念

  24, 2012 00:27
ふと過去のことを思い出した。

私はある「場所」でとても頑固な人間だった。
ある人に『ラーメン屋の頑固親父みたい(^^)』と笑われたくらいに。
その「場所」で頑固でいることは、正直、生き残ることも危うい。
でも私はどうしても自分の信念を曲げたくなかったし、曲げなきゃいけない時がきたら、その場所を去ってもいいと伝えていた。
ギリギリ生き残れたのは、そんな私を好きでいてくれた人達がたくさんいたからだ。
今思い出しても、涙が出るくらいにありがとうの言葉が溢れる…。
代わりなんてたくさんいたのに。



しかしある日、誰にも知られることはなかったが、私は頑なに守っていた信念を曲げてしまった。
何度考えても、今思い出しても、なぜそんなことをしたかわからず、『魔がさした』としか言いようがない。
信念を曲げた悔しさより、自分の中にあった欲という「本能」に気付き、驚いた方が強かった。
自分というものは、自分が知らないことだらけだ…。

もしかしたら他者が羨ましかったのか?
信念と同時にルールをやぶった私は、そのドキドキ感を味わいたかったのか?

その答えはわからなかったけれど、その先の責任を持つ力は私にはなかったのは事実で、だからそれもまた「本能」でわかっていたのかもしれない。



けれど、一番の信念だけはその「場所」にいた10年間貫いてきた。
駆け引きや嘘だらけの世界で、長い間誰も信じられなかったけど、私はあの日以降駆け引きや嘘は『どうでもいいこと』と思えた。
結果、それが5年間悩んでいた私を救ったことだった。

ラクになれた。
その「場所」で、むやみに人を疑わなくなった。
そして仲間ができた。



当たり前だけど、自分の信念は自分だけのものであり、押し付けるものじゃないし、同じとも限らない。
もしかしたら他者は、角度を変えた部分で強い信念を持っているかもしれない。

私は自分の信念が大切な余り、他者もそのような信念がなきゃいけないと思ってた。
それがないヤツは最低だと思ってた。

でも一度信念が欲に負け、結局私も自分が思う『最低なヤツ』になった。
そして焦りからくるただの押し付けだったことに気付いた。



場面が変わると違う景色になり、本質は同じなのに違うものに見えてしまう。
あの時、『人は人、自分は自分』と思えるようになったのに、場面が変わるとまるで違うものになったように見えていた。
もしかしたらこの過去の記憶をふと思い出したのは、過去の私が今の私に教えにきたのかな。

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