chikuraのキラキラdays

~ペットちゃんと飼い主さんの絆を深めるお手伝い~アニマルコミュニケーターchikuraの 日々のできごとや感じたことの記録です

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今後の治療スケジュールと里子の話

  19, 2009 15:00
昨夜主人に、次周期の体外受精の話をしたら
「…ごめん。暫くちょっと(経済的に)厳しいかも。親戚の事もあるし」
と言われました。
現在主人側の親戚で揉め事があり、私が聞いてもちょっと延びそうな感じなんです。
うちは家計の管理は主人がしており、私も全く把握してない訳ではないですが、決してゆとりがある訳ではないので、次周期は大丈夫かな?とは思っていました。

と言う訳で、体外受精はちょっと先になります。
主人は冬になるかも、と。
それならそれで、ちょっと安心しました。

ただ主人は私の体力の事も考えていたようで「どう見ても体調が良いと思えない」と言われました。
もうずっとダルイ状態が続いていて、これが「普通」になってたんですが、よくよく考えると、昨夏に比べたら体力が落ちてるのがわかります。
なので主人に「もっと体力をつけて、運動もしてダイエットもして、しっかりした体作りの方が先だよ」と言われました。
確かに…スポクラも昨夏に比べたら行く回数も激減してるし、ヨガやストレッチという軽い運動ばかりしかしてません。
なので冬までに、せめて昨夏くらいの体力を戻す事を目指してみます。



話は全然変わりますが…

ここからは長文で里子の話になるので、
苦手な方は読み飛ばして下さい。



父が一番慕っていた兄(伯父)が浜松に住んでいました。
5年前に亡くなっているのですが、伯父が闘病生活に入ってから、父は高齢にもかかわらず、南房総から浜松まで
車で何度も行き来してました。
私は親戚がちょっと苦手なんですが、伯父の事は大好きでした。
伯父は父と同じ船員だったので、現役時代の殆どを伯父・父の実家の南房総で暮らしてたので、年中会ってました。

先日帰省した時に、先月伯母(伯父の奥さん)が亡くなった事を両親から聞きました。
伯父夫婦は子供ができず、伯母の姉の三女をもらったそうなんです。
これは私が大人になってから知った事でした。
伯母が亡くなった話を聞いた時、父が、
「子供をもらってお金をかけて育てたって、結局嫁にいっちゃったんだから、子供がいなくても良かったんだ」
と言ったんです。
父なりの私への配慮の言葉だったと思うととても切なくなり、そういう事もあって、昨日は落ち込んだ日記になってしまいました。


親戚の話ではあっても、子供をもらう、という事はちょっと他人事で、聞いた時は「ふ~ん」しか思いませんでした。
……が……
私が二十歳の時に姉から聞いたんですが、実は本当は私がもらわれる予定だったらしんです。(私も三女)
二十歳なので一応大人ですが、聞いた時はかなりショックを受けました。
学生だったらきっとグレてます(←死語?^_^;)
親への不信感も出てきてしまったからでしょうね。

なぜ姉がそんな話をしたかというと、既に私は一人でこっちに住んでいて「戻ってこい」と年中母が言うので、毎回電話で喧嘩をしてました。
父が「そんな事(もらわれる予定)もあったけど、お母さんは姉妹の中でもchikuraの事が一番好きで大事にしてる。だからchikuraがもらわれなくて良かった」と姉に言った事を、姉が私にフォローするつもりで話してくれたんです。
けれど私には「私がもらわれる予定だった…」しか耳が行かなくて、姉から聞いた時はワンワン泣いてしまいました。
姉ももう私が成人してるから大丈夫だと思って話したけれど私がここまでショックを受けると思わず、何度も謝ってきました。
「そんなの聞きたくなかった!お姉ちゃんは結局他人事なんだよ!もし私の立場で大人だからってショック受けない?」とキレたほどです。

その後母から電話が来ても、なんとなくギクシャク。
ついに私は「どうせ私なんかいらない子供だったんでしょ!伯父さんの所にあげちゃえば良かったんだよ!」と言ってはいけない事を言ってしまったんです。
すぐ我にかえって「ごめんなさい」と謝りました。
その時母は「…ごめん…」と悲しい声でそのまま電話を切りました。
今思い出しても胸が痛みます。


私が伯父の所へ行かなかったのは、父が
「chikuraが幼稚園に上がるまでに決めてくれ。それ以上になったらchikuraもここの記憶が残るから嫌だ」
と言っていたからだそうです。
(幼稚園前の記憶でも、私は今でもしっかり覚えてるんですけどね)
伯父は結局決心がつかなかったそう。
その後数年してから伯母の姉の三女をもらったようです。

その後私は母にも父にも
「どうせ三女なんて余分だったんだ。いらないのにできちゃったからなんだ」
と思ってばかりでした。数年それが続きました。
けれどよくよく考えると、父はあんな怖い人でも物凄く子煩悩な人で、まず子供を第一に考える人です。
仕事へ行く時に「どれくらい重くなったか~」といつも抱っこをしてくれたり、幼い私が廊下で寝てしまった時、父が私の寝顔を見て「可愛いな」と言って、抱いてお布団に連れてった事もよく覚えてます。
母だって、自分のお腹を痛めた子供を、一応親戚でも結局は他人にあげるなんて嫌だったと思います。
私が義妹に子供をあげるようなものですものね…。
その話が来た時、母はどういう気持ちだったんだろうと思います。

私は子供もいないし、そうなった時の事は想像でしかないんですが、自分が不妊治療をしてから、両親の気持ちを考えたらどれだけ辛かったろうとよく思います。
大好きな兄から「欲しい」と言われた時の気持ち、子供を手離す決心をした時の気持ち、幼稚園にあがるまで、私を見ていた時の気持ち。
そして「欲しい」と言った側の気持ちも、どれだけの勇気がいってどれだけ辛かったろうと。


里子の事は私は否定をするつもりは全くありません。
けれど私はそれは全く考えてないです。
やっぱり主人との子供じゃなければ…と思っているからでしょうか。
兄弟・姉妹間の事であっても、それが幸せに繋がるのかもちょっとわかりません。
実際自分も凄く傷付いたし…。
でもこれは凄く難しい問題なので、簡単には言えません。


何が言いたいかもわからないのに、長々書いてしまってごめんなさい。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
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  •   19, 2009 15:00
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