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chikuraのキラキラdays
~アニマルコミュニケーションで絆を深めるお手伝い~

ペットの気持ちを伝えるアニマルコミュニケーターchikuraの日々のできごとや感じたことの記録です

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にわとりのピースケの話

  10, 2017 17:31
最新のお知らせ 2017.12.8更新

◆12月のセッションお申込み受付開始しました
【セッション期間】 12月19日(火)~22日(金)
【お申込み締切日】 12月18日(月)まで

(毎月中旬頃がセッション期間となっております)
12月のご都合がつかない場合、ご予約も可能です。お気軽にお問い合わせくださいね。
セッションの詳細・お申込み・お問い合わせはこちらです➽「セッションメニュー」
アニマルコミュニケーション/ヒーリングのご感想カテゴリー➽「ご感想一覧」


◆12月16日(土)横浜でのイベント出展決定しました
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・イベントのHPはこちらです⇒「癒しと憩いのガーデンフェスタ」
・chikuraの出展情報の詳細はこちらです⇒「ペットちゃんと飼い主さんの絆を深めるお手伝い♪12/16横浜!出展者情報」
・イベント用のお問い合わせフォームを設置しました。メニューについて、わからないことなどありましたらお気軽にお問合せください「12/16横浜「癒しと憩いのガーデンフェスタ」お問い合わせフォーム」

◆1月13日(土)「野方スピリチュアルマルシェ」出展決定しました
【出展時間】12時~14時30分
※イベントは12~17時ですが、私の出展時間は上記の時間のみとなりますのでご注意ください。
【セッションメニュー】・アニマルコミュニケーション ・オラクルカードリーディング
事前予約をおすすめします「1月13日(土)野方スピリチュアルマルシェ・ご予約専用フォーム」
私の紹介ページはこちらです⇒「【スピリチュアルマルシェ出展者】chikuraさん」
全ての参加者さん情報はこちらです⇒「野方スピリチュアルマルシェ参加者のご紹介☆」



オラクルカードのメッセージをお届けしているブログです➽「chikuraのオラクルdays」



なんだか急に思い出して書きたくなったので、昔のお話を。

私の実家では、私が幼稚園に上がる前に猫を飼っていました。
幼稚園に上がる前にその猫は亡くなり、その後引越しをしました。
引越してすぐ新しい猫を飼い、けれど家の前が割と交通量が多く、
すぐにひかれて死んでしまいました。
それからというもの、母がもう動物を飼うのは嫌がって。
私が生まれる前は、シェパードもいたそう。

犬や猫がダメだった代わりに、どこからか父がもらってきて鳥を飼ってました。
ウグイスやカナリヤ。
そして二人の姉がどこからかもらってきたヒヨコ。
今日はそのヒヨコのピースケの話です。


姉達は、にわとりになっちゃイヤだからと、一番弱そうなヒヨコをもらってきました。
まだ私が小学生低学年くらいだった記憶。
小さくてぴよぴよ鳴くヒヨコのピースケは可愛くて可愛くて、
でも姉達が占領して、私は余り触れなくて。

けれどそのピースケも、次第にトサカが生えてきたんですね。
そしたら姉達がイヤがって、もうピースケを余り可愛がらなくなっちゃった。

いつも最後に面倒を見るのは私だった。
カナリヤもずっとそうだった。
小学生の頃は、学校へ行く前に毎朝鳥かごの掃除をしてた私。

ピースケはトサカが生えたって可愛くて、私はピースケを可愛がってました。
そのうちホントににわとりになりまして家の中では飼えなくなり、
父が庭ににわとり小屋を作ってそこでピースケは生活してました。

にわとりは朝一?夜明け前?に「コケッコッコー!」と鳴くと聞いていたけれど、
ピースケは夕方とか夜に鳴いていて
またそれが可愛かったんですね~。

にわとり小屋で生活していたピースケは、私が時々庭に解放してたんですが、
怒ってつついたりしたけれど、それは最初の頃だけだった。
ピースケのお世話をしてた私には、それ以来私だけにはつつかなくなって。

私は小学生の頃から、余り親に相談するタイプではなく
よくピースケに話し相手になってもらってました。
小屋にいたピースケに、学校であった話とか、自分がなりたい夢の話とか、
大人は信用できないとか(笑)、そんな話をしてたっけ。

私が柵から指を入れてピースケのクチバシに沿えると、
ピースケは嬉しそうに目を閉じて、ぺたんと座って寝ちゃったり。
その姿がたまらなく可愛かった。

けれど私が中高生になり、周囲でセキセイインコとか犬とか猫とか飼ってる人も増え
なんとなく恥ずかしくて、にわとりを飼ってるって言えなくなっちゃったんですね。
(近所の友人は知ってるけれど)
所属してたバスケ部が忙しくて、小学生の頃よりピースケと触れることも少なくなったけど、
それでも色々ピースケとは話をしてたかな。


高校生になってバンド活動を始め、私は音楽の道に進みたくて、
高3の夏から東京の音楽事務所みたいなとこに通ってたんですね。
ボーカルレッスンと作曲レッスン。
作曲レッスンと言っても、私が作曲したものをあちらでアレンジするってだけなんだけど。
ボーカルレッスンもマンツーマンじゃなく数名。

千葉県と言っても広くって、千葉県から東京ならすぐじゃん!って思うでしょうけど、
南房総って都内に行くまで特急電車で2時間強かかるのです。
当時は高速バスなんてないから、特急電車の交通費もバカにならない。
私は親に内緒で通っていたので、バイトして通っていました。
けれど本当は月2で通わなきゃいけないところを、
田舎で大変だからと、事務所側が考慮してくれて、月1でまとめて通わせてくれて。

それである日、体調を崩してその大切な1日に行けなかった時があったんです。
電話をしたら叱られちゃって
今後プロになった場合、体調崩したくらいじゃ穴をあけられない仕事だと。
17歳の私には、なんか衝撃でした。
その叱られたことが残って、その後も体調崩しても通いました。


そして間もなく卒業となる冬。
ピースケの具合が悪くなりました。

家の中に入れてあげたいけど親がダメと言うので、
寒くないように毛布を入れてあげたり、風よけカバーをしたり、
こっそり毛布の裏にカイロを貼ってみたり。

いよいよお別れが近いんじゃないか・・・という日、レッスンの日が重なっちゃったんです。
また怒られるかもしれない・・・と思うとレッスンに行かないわけには行かず、
朝早く家を出る時に、
「ピースケごめんね。どうしても行かなきゃいけないの。絶対絶対待っててね」
と、泣きながらピースケに声を掛けました。

親には内緒のレッスンだから、「バンドの練習がある」と嘘をついて東京へ。
東京に着いた頃と、東京を出る頃に、自宅に電話しました。
やはりピースケのことが気になってしかたなくて。
母は「大丈夫だよ」の一言。

どんなにがんばっても田舎なので、帰宅が夜になりました。
駅から自宅まで走って帰りました。
ピースケの無事を祈りながら。

門を入り、「ピースケ!」と声を掛けて小屋を見たら、
ピースケに全身毛布がかかっていて、私はすぐにピースケがダメだったことを知りました。

その場で泣き崩れ、外に出てきた母に
「ピースケは大丈夫だって言ったじゃん!!!」と八つ当たり。
母は心配させまいと嘘をついたんでしょうね。
寒空の下、冷たくなったピースケの身体をなでながら謝り続けました。
ずっと、ずっと・・・。

親に促され家の中に入っても、ちょこちょこ外に出てはピースケに話しかけていました。
そして悔やみました。
事務所の人に怒られてでもいいから、ピースケのそばに居れば良かったと。
私の涙は、ピースケを失った悲しみよりも、
自分のしたことに腹を立てた涙の方が多かったと思います。


翌日は学校だったんだけど、もう全然眠れないし、涙は止まらないし、
とにかくこんなに元気をなくした私を見たのは親も初めてだったと思います。
なので父が
「午後から帰ってきなさい。ピースケを埋葬するから」
と声を掛けてもらったことが本当に嬉しかった。

本当はこんなことをしてはいけないのでしょうけど、
自宅から10分近くの砂浜に、ピースケを埋葬すると父が言いました。
当時私の田舎にペット霊園なんてなかったと思います。
学校から帰宅して、父とピースケと一緒に海に向かいました。
父は他の動物たちに狙われないようにと、ものすごく深く穴を掘ってくれました。

ピースケをちゃんと埋葬してくれる、と父が言ったことは嬉しかったけれど、
その穴に冷たくなったピースケを入れることがしばらくできなかった。
経験のある人はわかると思うけれど、自分でやるって結構ツライものです。

ピースケにたくさんのごめんねとありがとうを伝えてる間、
父は私を急がすこともなく、ずっと待っててくれたのを覚えてます。
ようやくピースケを穴に入れ、けれど土をかけることができず、
父が土をかけてくれたけれど、私はそれを見ることが全くできなくて。

終わってからピースケに、学校帰りに買ってきたお花を置きました。
狙われてはピースケが可哀相だと、父に墓標を立てないように言われたのです。


それから私は進学し、東京の学校に通い、就職も東京。
その音楽事務所も色々あって、半年後には辞めました。

ピースケには申し訳ない気持ちがあって、
帰省するたびにピースケの眠る砂浜へ行って、お花を添えてお祈りしました。
多分10年位続けていたと思います。


ピースケは私をどうして恨まないんだろう、恨んでくれた方がまだマシだと思いました。
けれどその頃から、ペットが飼い主を恨んだりすることをしないと、私は気付いていたんです。
ピースケと話せるわけじゃなかったけど、ピースケの写真を見て話しかけても
なんとなくあったかいエネルギーしか感じなかった。

私はあの時の罪悪感が大きくて、むしろピースケに恨んで欲しいとすら思ってました。
どうしてもあの悔しさから逃れられなかったから。
しかも私はその事務所を辞めている。
まだ夢が叶っていたのなら、その悔しさもなくなったかもしれません。


何十年もたった今でも、こうして書いてても涙が零れますが、
私がアニマルコミュニケーターとなり、
天国へ行ったペットちゃんたちとお話をさせていただくこともあるけれど、
私がお話させていただいた子たちは、誰一人として飼い主さんを恨んでる子はいませんでした。

「ありがとう」
「楽しかった」
「一緒に暮らせて幸せだった」

こういう言葉しか返ってこないのです。
そしてピースケも同じでした。
レッスンに行った私のことを責めることなどしません。


けれど私を含め飼い主さんというものは、やはり後悔をすることがほとんどです。
「あの時ああすれば良かった。ああしてれば良かったのかな?」
というご質問をいただくこともあります。

けれどみんな、
「○○ちゃん(飼い主さん)の選択で間違ってなかったよ」
「今そんなこと聞いてどうするの?」
なんてお返事が多いのです。


飼い主さんも思い出してみたらわかると思います。
その子と暮らしている時、とっても楽しくて、とっても幸せで、
その子と暮らせたことに、そしてその子と出会えたことに感謝しかないと思います。

もちろんたくさん泣いていいと思います。
たくさん後悔がやってきてもしかたないと思います。
それだけ大切な存在だったのですから。

でもその子と出会えたあなたは、絶対幸せだったはず。
そしてペットちゃんも同じように思っています。


今は恥ずかしくないけれど、当時にわとりを飼っているということが恥ずかしかった私。
でもピースケとの暮らしは大切な思い出です。
にわとりであろうとなんであろうと、大切なペットには変わりないんですよね。

私のアニマルコミュニケーションでは、お申込されるペットちゃんは、
犬・猫・鳥・うさぎ、珍しいところではカメさん。
私が飼っているからか、犬と鳥は多いです。

私はペットちゃんであれば、動物さんの種類の制限はしていません。
亡くなってから何年まで、という制限もしていません。
アニマルコミュニケーションを学んですぐ、
亡くなって30年経ったわんこさんともお話させていただいてます。
ただ亡くなってからの年数が長いと、鮮明ではなくなっていたりしますが・・・。
ということで、にわとりさんももちろんOKです♪


なんとなくピースケの話がしたくなって、まとまりがつきませんが、
長い記事を最後までお付き合いくださってありがとうございました。

そしてピースケ、ありがとう。

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆

いつも応援ありがとうございます。

3月11日(日)浅草でのイベント出展も予定しています。
詳細がわかり次第お知らせ致します。

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☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆

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COMMENT 2

Mon
2017.12.11
06:26

ひとこ  

chikuraさんのピースケくんへの思い、ピースケくんのchikuraさんへの思い。
お互いにお互いを思う気持ちは強いと感じました。
楽しく過ごせた日々は宝物だと。

2017/12/11 (Mon) 06:26 | REPLY |   
chikura">
Fri
2017.12.15
13:49

chikura  

ひとこさんへ

いつもコメントありがとう!
お返事が遅くなってごめんね。

ピースケの前にも鳥さんは飼っていたけれど、
初めてペットに対しての想いというのかな、
そういうのを感じさせてくれたのがピースケだったと思う。

ピースケが死んだ翌日半日で早退する日、ひとこさんに話したんだよ~。
覚えてる?
にわとりが死んで早退…って笑われるかな?と思ってたけど、
ひとこさんは全然笑わず話を聞いてくれて、すごく嬉しかったの覚えてる。
あの時もありがとうね。

2017/12/15 (Fri) 13:49 | chikuraさん">REPLY |   

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