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chikuraのキラキラdays
~アニマルコミュニケーションで絆を深めるお手伝い~

ペットの気持ちを伝えるアニマルコミュニケーターchikuraの日々のできごとや感じたことの記録です

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お父さん

  03, 2009 09:49
昨日は父が検診でこちらに来ました。
若い頃喉の手術をしており年1回の検診。
私が働いてた頃も1人で行っていたようで、専業主婦になってからその事を知り、その頃には父は「先も短いしもう行かない」と言うので「付き合うから」と説得して、キチンと受診してくれるようになりました。
一緒に行くのは今年で3回目。
いつもは母も一緒ですが、昨日は用事があり二人でした。

私より都内に詳しい父は、最初に築地市場に連れて行ってくれ、その後浅草へ行き、アメ横、病院へ。
去年からガクンと体力の落ちた父は歩くのも大変だというのに、一生懸命私を案内してくれました。

父は晩婚の上に私が末っ子という事もあり、かなりのおじいちゃんです。
一緒に出掛けると、必ず「あら、お孫さん?」と聞かれます(~_~;)
上野公園で休んでいる時、海軍にいた父は戦時中の上野の話を少ししてくれました。昔は戦争の話は「怖い。うざい。聞きたくない」と思ってたのに、今はありがたく聞いてます。戦争の話はしっかり受け継ぎたい。

父は結婚する前は相当やんちゃな人だったらしく、母と結婚し姉が生まれ子煩悩な親に変身した父を見た父実家の近所の人達に「太郎ちゃん(仮名)は絶対ヤ○ザになると思ってた」と言われるような人です^^;
とにかく怖い、怖い。ハンパなく怖い。
とにかく短気ですぐに怒鳴りつける人なので、幼い頃に「父は怖い」という印象が植え付けられてしまい、父と二人きりになるのも結婚するまで正直居心地が悪いくらいでした。どう接していいかわからなくて。
なので昨日父と二人で出掛けた事も、昔の私じゃ考えられません。

そんな父でも育ちはとても良いので、子供ながらにキチンとしなきゃ!と思う程に食事のマナー、靴の脱ぎ方、色んな事に物凄く煩い人でした。
私や姉達の躾全般はほぼ父。
父の一番怖い言葉だと子供心に思ったのは「家でやってもいいけど家以外ではするな!恥をかくのはお前だから」。
今だからとてもよくわかる言葉。


どう接していいかわからない父でも、私が高校生の頃、母にバンドをやる事を猛反対されてたのに父だけは賛成してくれ、私のV字型のエレキギター^^;を見て「カッコイイなぁ」と褒めてくれ「好きな事は一生懸命やれ」と言ってくれたり、社会人になってもバンドをやる事に反対もせず、大きなライブは耳栓しながら見に来てくれました。
あと父は料理が大好きなので、女子高に通っていた私に一杯蒸しパンを作って学校へ行く時に持たせてくれ、クラスメイトにいつも「蒸しパンのお父さんは元気?次はいつ持ってきてくれる?」なんて聞かれる程でした(^_^;)


とにかく短気で男気に溢れる父。
東京に来ると沢山買い物をするので、移動する時私が荷物を持とうとすると「いい!」と言って私を怒鳴りつけた父も、今は何も言わずに荷物を持たせてくれます。
なので検診の時は私がいつも荷物持ち役。
それが嬉しくもあり、とっても悲しい事でもあります。
親孝行を何一つできない私にできる事はこんな事くらいしかない。

両親は私たちの不妊治療に関しては、
「大変な治療をするくらいなら、二人で生きていけばいい。子供のいない夫婦だって幸せな人はたくさんいる」
と言ってくれてます。
でも、こっそり下の姉に「うちはchikuraが一番可哀相だ。家もない、子供もいない。一番心配だ」と言ってたそうです。
下の姉の所は、旦那が飲酒運転に跳ねられ事故をして障害者、昨年は姉が子宮頸癌になり、三姉妹の中で一番苦労の耐えない家族だと思うのに、それなのに私が一番心配だと言う父…。


帰りのバスの中から手を振る父を見て、涙が溢れてしまいました。
段々小さくなるバスにずっと手を振りながら、「孫を抱かせてあげられなくてごめんね」と心の中で何度も謝りました。

父とは色んな事があり、実家にいた頃も結婚するまでも余り好きではない人だったのに、今ではとても尊敬できる人。
どうか長生きして欲しい。
私に子供ができるまで、どうか生きていて欲しい。


そんな父は間もなく傘寿を迎えます。
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