前提の違い

前提が「ある」と「ない」とは大違い・・・

というのはわかっていたんだけど、ここ数か月ブレる時が多く、
結構「ない」が前提にあったなぁって思う。

そもそも前提が「ない」っていうのは無いのだけれど。
みんなありのままで完全であるわけだから。

前提が「ない」だと、結局ずーーーっと「ない」が続くし、
むしろ二乗となり、更にその二乗された「ない」が二乗されるという
無限ループだなと、ここ数か月で実感した。



それに気付かせてくれたのは小藤。
どういう会話をしたかちょっと忘れちゃったけれど、
「ママは“ない”ばかりを見てるよね」
という一言だった。

そこからね、
「私は自分の都合の良い“ある”しか見てなかったな」
って気付いた。

結局それって前提が「ない」から、
自分にとって都合の良い「ある」しか見れないわけで。


けれどこれを逆に「ある」に変える。
1つ「ある」を見つけると、結構どんどん「ある」がやってくる。
まぁ「ある」しかないから当たり前なんだけどー。

そうすると、人間関係でも自分にとって都合の良い「ある」を見つけ出すんじゃなくて、
自然と相手からの「ある」に気付けてくる。
不思議よね。

例えば「ある」を「愛」という言葉に変えると、凄いよね。
私は「ある」=「愛」だと思うけれど。
二乗された愛が更に二乗されてゆく。
そう、満たされてるってことに気付ける。



ちょっとわかりにくいかな?
例えばうちの場合だけどね、相変わらず忙しいレモンちゃんに
私はまた怒りがフツフツとわいてきて、よく怒ってた。

文句をよく言う妻なので、レモンちゃんも率先してお風呂掃除やら
洗い物なんかもしてくれる。

けれどレモンちゃんに対して前提が“ない”の私は、そんなことは当たり前のことで、
「もっと気をきかせてアレやってよ!」って思うわけね。
そう、私にとって都合の良い“ある”を求める。

ところが先日私が体調を崩して寝込んでいた時、
風邪でもないのに、冷蔵庫にヨーグルトやリンゴ等が入ってた。
自分が忙しくてご飯を作れないから、
簡単にチンできる冷凍パスタとか色々入ってたりもした。
(具合悪いのにパスタかい?というツッコミはなしで・笑)

きっとここまでだったら、レモンちゃんに対して前提“ない”の私は
「妻が具合悪いんだから、あちこち出歩かずに家にいてよ」
くらい思ってたと思うんだ。

そう思わずに済んだのは、なんと冷蔵庫に炭酸が入っていたこと。
私は体調を崩すと(主に風邪をひいた時)必ず炭酸が飲みたくなる。
そんな話をした記憶もないのに、なんと○モンジーナが2本も入っていた。
正直ビックリしたわ

「なんだ、私のことよく見てるし知ってるんだ・・・」
と、炭酸飲料2本で前提が覆っちゃったの

前提がまるっと変わると「そういえばあの時も・・・」なんてことが出てくる。
気付けば「ある」しかなかったなーって。



とまぁ、これは大した例ではないのだけれど、
1つ気付くと色んなことに気付けてくるものだったりね。

家族であるペットに対してもそういうことってあると思う。
自分の「ない」ばかりを見ていて、この子がこうなっちゃったのかな?とかね。
ちょっとマイナス的な。

もちろん自分の大切な動物となると、病気をすれば不安にもなるし、
命を預かってる以上責任があるから、責めてしまうかもしれない。

けれど自分の「ある」をしっかり見つめると、もうちょっとドーンとできると思うし、
動物にもそれが伝わる。
実際小藤がまんま私のことが伝わってしまう。
だからこそ自分を責めてしまったりもするんだけれど。

それならば、自分が笑顔でいて楽しく無邪気に、
動物と暮らした方が、素敵な時間が増えて行くよね。



とはいえ、
私自身、疲れてたりうっかりしちゃうと「ない」に引き込まれてしまうけれど、
でもそれはそれで自分にとって必要な時間だとも思う。
実際必要な時間だと思えたし。

それに気付けて、
「あーこうだったなぁ。ま、あの時はしょうがなかったよね」
って、ただ認めてしまうだけでラクになれる。

前提を変えるってとっても大きい。
本当は「ない」は無いから、「ある」をいっぱいにして行きたいな。
それには他人軸にならず、自分軸を大切にすることなんだろうね。


※コメント欄お休みします。
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