雪どけ

今日は寒い~。
雪、降るだろうなぁ



実は去年の7月に、次姉と喧嘩してそれっきりだった。
そして月曜日に会うチャンスがあって、ようやく仲直りができた。


原因は母の介護のこと。


姉が“現実”の伝えたいこと、
私の伝えたいことがもっと“根の深い部分”、
そもそも大元の伝えたい部分が違うし、さらに怒りのせいもあるから伝わるはずもなく。

三姉妹で次姉とは歳が近いから、喧嘩した記憶がない。
小さい頃は些細なことであったかもしれないけど、でもそれも記憶にない。
こんなにも長い間連絡を取らなくなったのは、おそらく初めてのこと。

でもね、いつもの私なら執着心が勝ってしまったと思う。
もちろん「淋しいなー」って思う気持ちはあった。
でも「わかりあえないなら今は仕方ない」って気持ちだった。

最初は私も怒ってたんだけど、段々そうじゃなくなった。
それどころかいつものクセで、「なんで姉はこうなのか?」と考えていた。
だってね、
同じ親に育てられてるわけだから、似たような罪悪感は握りしめていたと思うから。

私は姉じゃないから、姉の持つ「罪悪感」が私が思ったものとは違うかもしれない。
でも「あれかな」「これかな」というのはなんとなくわかるようなった。
いや、わかった「気がした」だけ。

時は過ぎ、掘り下げて考えるのもやめた。
だって私は姉じゃないし、そもそも人を変えるなんてできない
掘り下げたところで、人の責任なんて取れるはずもない
だったら唯一責任が取れる、自分を変えるよりほかない




でも改めて考えるとね、流れってしっかりあるんだなーって思った。


そもそも初っ端から違ったんだもん。
何度もしつこいけど私は好きな人に嫌われるのが本当に怖い人だった。
それは身内でもおんなじ。

大分前家事をしてた時、どっちの姉だったかわかんないけど、LINEのトークが携帯に入り、音でLINEってわかるからレモンちゃんが「LINE来たよ」と教えてくれた。
ちょっと覗いたら姉だった。でも読まなかった。
開いて読んだら「既読」になるでしょう?

レモンちゃんに「なんで読まないの?」と言われ、
「だって、今読んでも返事できないもん。
 既読になって放置したら、読んだのにって思われる」
って言ったらレモンちゃんがビックリして、
「姉妹なのにそんなの思うわけないじゃん。
 なんでそんなに気を遣ってるの?」
と言われた私の方がビックリだったわよ


姉と喧嘩した時は、姉が提案したことは私はできないことだからと断った。
それに対して姉が怒った。
いつもの私なら、嫌われたくなくて、でもできないことだから必死に姉のご機嫌取りをしてたと思うの。
いままでも正直そうだった。
それは私の姉への罪悪感、そして嫌われたくないという気持ちがあったから。

けれどその頃は、色んな付着物が取れてきて、だからこそ喧嘩したんだと思う。
言いたいことが言えるようになったんだと思う。(前よりね)
意識したわけじゃなく、我慢がもうできない体になってたというか
それくらい、自分が大事ってことがわかってきたんだよね。
ね?初っ端から違ったの。


そして姉のことについてあれこれ勝手に掘り下げて考えて考えて、考え尽くすとこまできて。
でも人のことを考えたって何も変わらないってことに再び気付き、辿り着いたのが、
「姉をどうやってフォローしたらいいんだろう?」
じゃなくって、
「私が両親にしたいことは何だろう?」

だったんだよね。


そしたら。
父が、母と一緒に東京に行きたいと言いだして、でも足も心臓も悪い父を連れ回せないし、母は認知症なので放置もできないし、それには私一人じゃ案内できないと思った。
だから、杖すら嫌がっていた父を、「車椅子にして」って説得した。
この辺私も父を操るのが上手なので、父も「それもいいな~」とOKしてくれた。
そして車椅子のレンタルを探したら、良いところを見つけることができた。

そして、親友の七回忌が11月にあり・・・
ついでに地元・千倉に1人で初めて宿泊した。
これは凄くいっぱいの気付きがあったんだよね、私の中では。

同時に「両親と一緒に千倉のホテルに泊まれたらいいな」って思った。
だから父に、一人で宿泊したことを話した。
今はもう実家がないので、両親も千倉へ行く時はいつも日帰り。
父もやっぱり、千倉へ行ってもゆっくりできないのを残念がっていたので、
「じゃあ今度一緒に泊まりに行こうよ!」ってことになった。

とは言ってももう寒い時期なので、実現できるのは、どっちもあったかくなってからになっちゃうんだけどね。



車椅子で東京巡りも、一緒に地元に泊まることも、それはどっちも私のしたいことだった。
本当は車を運転できるならば、また浜松まで連れて行ってあげたいとこ。
でも「私ができる範囲」で、「私のしたいこと」がこれだったの。

やはり介護は深刻なものだし、介護する側はギリギリの精神状態だと思う。
だから私みたいな考えの、「自分が親にしたいこと」は、「お気楽でいいね」って言われるかもしれない。

でも、今迄ムリしてムリして、姉にも父にもご機嫌取りばっかした結果が最悪なものになってしまった。
こういう選択もアリだって私は納得ができたのよ。
だからやるのだよ




でね。
姉と会う時は怖かった。
めっちゃ怖かった。

どんな顔して会えばいいんだろう。
姉はどんな顔して私に会うんだろう。
どうしたら許してもらえるんだろう。
どうしたら嫌われずに済むのだろう。

しかもいきなり決まったことだったから、実は何気にパニックだった。
でも考えた結果ね、

「私の考えてることをきちんと話す」

これだけしかないなって思った。


姉に許してもらえなくてもいい。
姉に嫌われてもいい。
そもそもその「許し」って何?
許されなきゃ何ができるの?
許されるまで私はなんにもできなの?
誰に許されなきゃ、私は何もしちゃいけないの?
私の人生なんだから、誰からも「許されない」なんてことはないよね。
て言うか、許されないこと、私してないよね?
さらに、許されなくてもそれは相手のことだよね

そう、「自分軸」でいいんだって、
あらためてそう思えた。
だから怖くなくなった。

そしたらきちんと話すことができたの。
きっと今までの私なら、例え姉だろうが、話す時に唇ガタガタ奮わせてただろうね


やっと雪どけ


でも、一番心配したのは父だったと思う。
電話のたびに、「○○(次姉)とは仲直りしたのか?」と聞いてきて、いつか私が白状するだろうと思っていたのか「俺達(両親)が原因か?」って何度も何度も聞いてきた。(もちろん原因のことは言わなかった)
でもおもしろいのは、同居だから親子でも色々あるわけで、父は次姉のこと時々悪く言うんだけど、その割には私と姉が喧嘩するのは放置できないんだなーって。
むしろ父が一番モヤモヤしてたかもしれない。

そして仲直りして、一番喜んでるのは父かもしれないね





関連記事
スポンサーサイト

Comment (2)

ひとこ #-

No title

良かったよ!!
ほんとに良かったよ。
お父様も気をもんでいただろうし、安心しておられると思います。

2015/01/21 (Wed) 17:42 | URL | 編集 | 返信 | 
chikura">

chikura #-

ひとこさんへ

いつもコメントありがとう~!

うん、本当に良かったと思う。
父が一番安心しただろうね^^;

いつも支えてくれて、本当にどうもありがとうね。

2015/01/24 (Sat) 17:23 | URL | 編集 | chikuraさん">返信 | 
非公開コメント